大海を知る

いつの間にか夏も近づいてきた。対面の授業も始まりつつあるけど、相も変わらず自分の歩く道を決められん。


私は何が好き?

推し、Twitterのフォロワーさん、書道。


書道、大好き。

小3から書塾に通ってたから、高校卒業までの人生は筆を握ってない期間の方が短いし、仲良しの親友みたいな形で私の生活の一部に書が在った。


受験する高校を選ぶとき、書道を専門的に勉強できる学校を見つけてここしかないって思って、全くよそ見せずにその学校を目指した。

私の高校生活の9割は書道やった。
9割は盛りすぎやろ。いや気持ちは9割よ。


人生が楽しくて仕方なかったときっていっつも書道が隣に居った。好きやった。心の底から楽しかった。書道部の顧問の先生、いい先生やった。上手くなりたいって思った。



辞めちゃった。


後悔するかな。今更後悔しても遅いってば。

私は書道を辞めたんだ。


理由はね、
書道を生業にするには書家になるか、書道の先生になるかのどっちかだから。扉が2つしか無いんよ。

人と話すの嫌いで特に人に教えるのはもっと苦手やけ、先生になる扉は開けれん。


進路決めないけんときに書道はちょっと自信ないなって思って美術を選んだ。

美術って一言で言っても絵画とか写真とかデザインとかいっぱいあるやん。デザインの中にもプロダクトデザインとかインテリアデザインとか、グラフィックデザインとかいっぱい扉があるけん。

でもやっぱりずっと続けた書道を辞めるのは抵抗あってモヤモヤ感抜けんまんまやったとき、顧問の先生に結構な量の宛名書き頼まれたけ、小筆扱うの苦手やったけど書いたんよ。私が席を外した瞬間に顧問の先生が放った言葉、


『書けると思って頼んだのに、これやけね。』

後から部活の友達に聞いて涙が噴き出した。次の日の朝は瞼が腫れた。私が書いたやつは捨てられて、部内で一番上手い人が全て書き直したんだそう。


私3年間何してたん。専門的に書道勉強してきたはずなのに、こんなのも書けんのん。

絶望感は半端ないけど、これでもう一つの扉も閉ざされて向こう側から鍵をかけられた。モヤモヤ感も消えて、自分は書道を辞める選択をして正解やったなって思えた。自分には向いてなかったんだって思うことにして、スッキリした気持ちで書道辞めた

つもりやった。


おんなじ部活で私より上手かった友達は高校卒業しても書道続けてる。

羨ましい。私も書きたい。


小3から片想いだった書道にお別れを告げて3ヶ月経った今、筆も墨池も墨も紙もみんな手放せんし、高校生活と今の生活が異世界みたいで信じられん。本音はあの日々を取り戻したくて仕方ない。


顧問の先生にあんなにはっきり下手ですって言われても顧問の先生も書道も嫌いにはなれんかったわ。

小学生の頃、陶芸が好きで習いに行ってたけど先生がお店閉めちゃって、それからずっと土触ってなかったらいつの間にか陶芸の楽しさ忘れちゃったから書道も忘れられるかなって。

でもそうはいかんかも。
筆を持つ楽しさを忘れるには100年かかるかもな。


書道部、全国レベルやったけど実は部員の半分以上は書道そんなに好きじゃなかったりって感じやったんよね。私は好きやった。

卒展の作品制作は人一倍頑張った。みんながおらん朝の7時からホームルームが始まる8時半まで部室で1人で書いて、部活の後みんなが帰っても私は夜の8時まで書いとることもあった。
でも上手い人達に混ざって受験の実技の練習とかはしきらんかった。無理やもん私には。


書道やりたかったらやればいいやん?って思うやん。でも生きるにはお金が要るやん。私の作品ではお金とれんの。

作品の価値は制作者より見る人が決めるべきっていうのはその通りやと思うけど、そうじゃなくて私の作品を売ってお金もらうの罪悪感が残るんよ。

書道に触れたことない人にとってはすごい作品かもしれんけど顧問の先生に言われたこと思い出したら、偽物で騙してお金取る詐欺師みたいな気持ちになるから。それに顧問の先生の顔に泥を塗るのは絶対に嫌。死んでも嫌。


私は書道が好きやったけど、
書道は私が好きじゃなかったんかもな。

勿体ないけど、私は3年間かけて夢中で水槽に溜めた水をじわじわ蒸発させることにする。もうカリグラフィの蛇口はひねらん。


10年間の片想いに終止符を打った私には、何が残ったんやろうか。

何も残らんかった。

なんで周りのみんなみたいにテキパキ動けんの。
なんで人を好きになれんの。
なんで当たり前のことができんのやろう。

書道だけやなくて、私は人生向いてないと思う。


私は井の中の蛙だった。
それは部活引退してバイト始めてから知った。
バ先に迷惑かけたくなくて辞めたけども。


お気に入りの長峰と一緒に毛氈の上で、字典と法帖と紙と睨めっこしててずっと気づかんかったけど、顔を上げたら周りのみんなはしっかりした大人みたいになっとった。社会人になる為のコミュ力だとか、人間性みたいなのが完成されとった。

部活ばっかり夢中になって、できて当たり前のことができないことにも気付かん私とは違って。

書道が好きじゃなかった書道部のみんなも、保育士とか学芸員とか、みんな将来なりたいものがあってそれぞれの歩む道を決めてた。すごい。


先を見据えた同級生達は何十歩も前を歩いてくし、道に迷っとる場合やないのに。

ただでさえ頭悪いんやけ、将来の選択肢なんかそう多くないはずやし、早く新しい水槽に水を溜めんといけんのに、どの水槽を選べばいいの。


物語の中みたいに、現実世界は優しい大人ばっかりやない。過去に何かあったワケありの主人公を気遣ってくれるバイト先の先輩なんかおるわけない。

そもそも私ワケありやないし、健康だし家庭環境も何も悪くない。ちょっとコミュ障で人が嫌いなだけの平々凡々な18歳。強くも弱くもない。

普通の人なのに、普通になれない。


世の中甘くなかった。
好きなことだけで暮らしていける訳ない。
人生そんな上手くいきっこない。


もう正解がわからん。正解なんかないけど。

人生は芸術と一緒で、何を良い生活、作品と捉えるかは人それぞれよね。



私が生きる術、あるんやろうか